2014年9月25日木曜日

モルドヴィアの娘たち


ソヴィエト時代のマトリョーシカです。
モルドヴィアでつくられたもののようです。

『ロシアのマトリョーシカ』(スヴェトラーナ・ゴロジャーニナ著、スペースシャワーブックス、2013年)には、類似のマトリョーシカがマリ・エル共和国のヨシュカル・オラ市でつくられたと書いてあります(44p)。
ところが、『マトリョーシカノート3』(道上克著、2013年)には、類似のマトリョーシカが、モルドヴァでつくられたもの、モルドヴァとは、ウクライナの南にある現在の「モルダヴィア共和国(原文のママ)」と書かれています。

ところで、紛らわしいのですが、ウクライナとルーマニアにはさまれたモルドヴァ共和国(Republica Moldova)だけでなく、ロシアの中には、モルドヴィア共和国(Respublika Mordoviya)というのがあります。
どちらも、モルドバとか、モルドヴァと呼ばれています。RとLの違いですから、日本人には到底区別がつきません。

本当はどこでつくられたのか?
スヴェトラーナ・ゴロジャーニナさんはロシアの人ですが、私はどちらかと言えば、たくさんのマトリョーシカを収集し、ラベルを見比べるなどして、同定していらっしゃる道上さんの方を信じます。ただ、道上さんは遠く離れたモルドヴァを、モルドヴィアと取り違えているのではないかと推察します。
モルドヴィア共和国は、マリ・エル共和国のすぐ近くでもありますから、スヴェトラーナ・ゴロジャーニナさんが、類似のマトリョーシカをマリ・エルでつくられたと言っても、「当たらずとも遠からじ」なのです。


このマトリョーシカには、製造記録の紙が入っていたのですが、残念ながら書かれているキリル文字が、私にはモルドヴィアとも、ヨシュカル・オラとも読めません。モルドヴィアにある町の名前の、サランスクやラザエフカとも読めません。
理解できるのは、ソヴィエトを表すACCPと、たぶん出荷年の1989だけです。


黒海の方のモルドヴァでなく、ロシア内のモルドヴィアと考えれば、セミョーノフのマトリョーシカと表情が似ていて、渦巻き紋が使われているのもうなずけます。
セミョーノフからそう遠くはないのです。


また、道上さんは、頭にかぶっているのは、イスラム教のベールではないかと書かれていますが、これもどうでしょう?モルドヴィアの宗教は正教会のようです。
服は、ヨシュカル・オラのマトリョーシカのように、モルドヴィン人の民族衣装を簡素化したもののように見えます。


モルドヴィン人の民族衣装です。
右端の女性の服装など、マトリョーシカにそっくりではありませんか?


モルドヴィアでは、今ではマトリョーシカはつくられていないようです。1991年のソヴィエト崩壊と同時に失われたのでしょうか。




2 件のコメント:

karat さんのコメント...

おはようございます。
モルドヴァとモルドヴィアの区別も知らなかったですが、本や辞書などを見てみました。
「マトリョーシカノート3」「ロシアのマトリョーシカ」の他に「The art of the Russian MATRYOSHKA」(アメリカの本らしいです)に似たようなマトリョーシカが載っていて、そこには Mordovian Doll,City:Mordovia ,とありました。
どうやらモルドヴィアのようです。
製造記録の紙の2行目ACCP の左の語も露和辞典によるとロシア中西部のモルドヴィア共和国とありました。
4行目の太字もモルドヴォ―チカ(Mordovian Doll)の意味なのかなと推測しました。
黒海のほとりのモルドヴァは三番目の文字がPではなく л でした。日本語だとどちらも ル ですが…。
久々に本とか辞書とか見て頭を動かしました…(^^;)。マトリョーシカはいろいろ楽しいです。 ありがとうございました。

さんのコメント...

karatさん
お礼を言うのはこっちです。いろいろありがとう。確かに、モルドヴィアのものでしたね。よかった。
私も最初、「ノート3」を信じて、ルーマニアの民族衣装と比べたりしてみました。途中で、どうしてヨシュカル・オラと間違えられたんだろう、セミョーノフと似ているんだろうと調べていたら、何の関係もないモルドヴァが二ヶ所あるのに気がつきました。
そんなことってあるのですね。マリ・エルのマリとアフリカのマリなど、間違えようがありませんがね(笑)。