2017年7月21日金曜日

加賀八幡上がりもなか


ろっかくさんに教えていただいた、加賀八幡起上がりのもなかを、取り寄せました。


可愛いイラスト!


箱を開けたら、だるまさんが20個。香ばしいもなかの皮の匂いがぷぅんと広がりました。
壮観です!

じつは、7個入りの上は20個入りしかありませんでした。
「20個かぁ.....」
と、思いましたが、7個ならすぐ食べてしまうだろう、送料も割高だしと思って、20個にしました。
5個ほど、試しに冷凍しておきました。


もなかのだるまさんは、包み紙ほどかわいくないけれど、ちょうどいい。躊躇することなく、思い切って頭からかじることができます。

訪ねてきた人とお茶をしたりして、もう半分しか残っていませんが、今でも箱を開けたら、ぷぅんといい匂いがします。






2017年7月20日木曜日

飾り棚の住人(六)


土間入り口の飾り棚の最後です。
ここにはおもに籠のミニチュアを集めています。


今はどうか知りませんが、昔はお土産もの屋さんにありふれていた、タイのミニチュアの籠です。
これらはすべて漁具です。 
小さいものは場所を取らなくて、かわいいとは言え、つくるのはたいへんです。


ひごは糸のように細く、しかも値段は、うそのように安いものでした。


魚籠(びく)には、「かえし」という、魚が飛び出さないように嵌めるものが、外せるようにつくられています。


日常生活の、いろいろな場面で使われる籠が、ほとんどミニチュアでつくられていました。
 

この蓋物の一つには、開けてみたら、1972年ごろ、友人Kが、お土産に買ってきてくれた、ナンバンアカアズキの象が入っていました。
やっと、一般人も渡航ができるようになったころで、Kは、おそらく日本の歴史上初めて組まれた、インド、パキスタン、アフガニスタン、イラン、トルコへのツアーに参加したのです。サラリーマンの月給が8万円ほどの時代、確か参加費は100万円ほど、辺鄙なところはチャーター機を飛ばしての旅行だったそうです。
ちなみに、Kは何も語りませんでしたが、少し遅れて企画された、初のチベット旅行に参加した友人Sは、お金をかき集めてやっと行くことができたけれど、貧乏人は彼だけで、ほかの参加者は、全部、学者、研究者、大金持ちなどだったと話していました。


インドでは、ナンバンアカアズキの象の容器が今でもつくられていますが、できがまったく違います。
今どき(といっても、15年以上前)のものは豆の中に、骨でつくった象が、5匹くらいしか入っていません。


中の象を、取り出すのも、しまうのも面倒だけど、出してみました。


長さが2ミリから3ミリほどの象が、合計31匹も入っていました。
インドにも、今はつくれる人がいなくなっているだろうと思われます。


フィリピンの籠。
同じ地域の籠ですが、つくり手が違うのか、時代が違うのか、右のものが細かくできています。


メキシコの籠。


Nさんがくれた判子。


鈴は、夫の母のもの。


そんなこんなが、土間入り口の飾り棚に飾ってあるものたちでした。
この飾り棚は、壁の形から思いついたものですが、わりと気に入っています。





2017年7月19日水曜日

飾り棚の住人(五)


土間入り口の右の棚の真ん中には、おもにガラスと、金属のものが置いてあります。


ゼリーの型です。
『びんだま飛ばそ』(庄司太一著、PARCO出版、1997年)を見ると、ゼリーの型は、戦前戦後に家庭でよく使われたと書いてあります。
使われていたとしても、私より一世代か二世代前だと思いますが、私は小さいころ、その名残でさえ、一度も目にしたことはありませんでした。
どんな家庭で使われていたのでしょう?
ちなみに、かき氷を盛る、脚付きのガラスの器は、実際に使ったことはありませんが、祖母の実家に残っていました。


この棚には飾っていませんが、金魚のゼリー型も持っています。
涼しげです。


ゼリー型に比べると、染粉のビンは、小さい頃は馴染みのものでした。
昔は、どこの家庭にも当たり前に染粉が置いてあって、毛糸や着物を染めて、編みなおしたり、仕立てなおしたりしていました。
左が「あさひ染」で、右が「京染」のビンです。
「都染め」というメーカーが一番の馴染みで、祖母などは「都染め」を染粉の代名詞にしていたほどでした。


医院や病院でくれる、塗り薬の容器です。
蓋は被せるだけですが、ぴったりはまります。いつ頃使われたものでしょう?


コバルトブルーのビンも、軟膏入れだと思います。

以上、ガラスは金魚のゼリー型を除いて、全部おもちゃ骨董のさわださんから来ました。さわださんとは15年ほどのつき合いですが、目薬のビンなど、まだまだ、こまごまとあります。
そういえば最近は、さわださんはあまりガラスを持っていないでしょうか。それとも、相変わらずガラスを持っているのに、私が関心をなくしているのでしょうか。何年も買っていない気がします。

金魚のゼリー型は、近くの骨董市には出店しなくなったため、何年も会っていない骨董屋のがんこさんが持っていたものです。
がんこさんは月に一度、車で40分ほどのところでは出店しているのですが、果てしなく遠い。なかなか訪ねることができません。
  

石かガラスを切ってつくったスイカです。
内側が赤くて、まわりが白っぽい。そんな誂えたような色をした石があると思えないのですが、二、三あった中から一番スイカらしいのを選んで買った記憶があるので、もしかしたら天然石かもしれません。


ままごとのピッチャー。
スイカとピッチャーは、メキシコのものです。


インドの木彫りの蓋物、紅入れです。
あの、眉と眉の間にぽちっと色をつける、紅粉を入れます。今は、色粉を使わず、朝起きたら、おでこに丸いシールも貼る人もいます。
指で塗るときは、もちろん正円を目指すと思いますが、真ん丸のシールを貼ると、丸すぎて、下手に目立って、なんだか間が抜けて見えます。

そういえば、これはカルカッタ郊外に住んでいる友人の家の近くの何でも屋さんで買ったのですが、最近はそんなちまちました店はなくなり、土人形やプージャーの飾り、そしてこんなものは見かけなくなっているそうです。


ガーナのブロンズ(青銅。銅やすずなどの合金)の分銅です。
ガーナの海岸線はその昔、港から金を積みだしていて、ゴールドコーストと呼ばれていました。その金を計るため、単純な形の分銅を使っていましたが、やがて遊び心が芽生えて、人や動物を写した、いろいろな形のものがつくられるようになりました。

蝋型という技法で鋳込んであります。
つくり方は、まず蜜蝋で、つくりたいものの形(原型)をつくります。それに、鋳込むときに必要な湯道をつけて、土で湯道ごと、厚く包みます。
湯道というのは、プラモデルを例にとると、部品と部品をつないでいる部分です。プラモデル制作には必要のない捨てる部分ですが、それを通って、溶けた材料のプラスティック(金属の場合は地金)が、必要な部分に運ばれます。
鋳物は、湯道があって初めて、成形できます。

蝋型は、原型を包んだ土が乾いたら、湯道を下にして、火で熱します。すると中の蝋が溶け出して失われ、つくりたい形が、焼いた土の中に空洞として残ります。
ガーナの場合は、この工程に大きめの七輪を使っていました。

ブロンズの融点は約1200度、通常、ブロンズの鋳物をつくるには、火を高温に熱する装置と、金属を入れておいて溶かす鍋、すなわち高温に耐える坩堝(るつぼ)が要ります。
そのため、鋳物の町川口などでは溶鉱炉を持ち、焼けた坩堝をクレーンで吊り上げて動かしたりしていますが、いったいガーナの村では、どうやって鋳物をつくっているのだろうと、私はガーナのクマシに住みはじめたときから、知りたいと思っていました。
そんな話をしていたので、クマシで隣に住んでいたアメリカ人の友人ジョーンが、市場で行商人が持っていたからと、小さな坩堝をくれたこともありました(失くしてしまいましたが)。

やがて、鋳物づくりの村を訪ねて、鋳込んでいるところを見る機会がやって来ました。
彼らは地金を包んだ型と、蝋を抜いた型を、土でピーナツのような形にくっつけたものを、七輪の上に立てて、その前に座り込み、ふいごを使いながら温度を上げ、長い時間をかけて、上部の地金を溶かして下部の空洞に落とすという、坩堝がなくてもできる方法で鋳込んでいました。
目からうろこ、そんな方法でできることを、初めて知りました。


こちらは、タイ北部(ビルマの一部を含む)のランナータイと呼ばれる地域の、アヘン用の分銅です。
やはりブロンズですが、亜鉛も含まれているのか、ちょっと黄色味を帯びています。
ガーナの金用の分銅も、タイのアヘン用の分銅も、台の裏に続いていた湯道をつけていたものを、切り取って仕上げてあります。


これは、マレーシアのクアラルンプールに本社を置く、世界最大のピューターの会社、ロイヤル・セランゴールの蝋型でつくった鶏です。
ピューターはスズを主成分として、アンチモンや銅を加えた合金ですが、融点は250度です。
ガーナの分銅は、近年は真鍮(黄銅)のものもつくられていますが、真鍮はブロンズより融点が低いとはいえ800度、ピューターは、けた違いの扱い易さです。 








2017年7月18日火曜日

二か月ぶりのさわださん


先日の骨董市で、おもちゃ骨董のさわださんの店をのぞいたら、待ってましたとばかりに、招き猫の絵のついた土鈴を見せてくれました。
丸い素焼きの土鈴に、招き猫が描いてあります。
「300円!」
相変わらず、値段連呼のさわださんです。
土鈴は流し込みでつくられていて、絵はステンシルかもしれない、土産ものっぽすぎます。
手に持って困っていたら、
「じゃぁ、犬張り子はどう?300円」
ぼこぼこに潰れた犬張り子ですが、つぶれた顔に愛嬌がありました。
「こっちにするわ」
次に、さわださんが手に取ったのは、小さなお椀でした。
「これも300円」
300円のオンパレードです。


あらあら、直径8センチほどの、輪島塗の、赤ちゃんのための「お食い初め」のお椀でした。

世の中は変動しています。
プラスティックが出現したとき、バケツやじょうろをつくっていたブリキ屋さんや、各種竹籠をつくっていた籠屋さんなどは、大打撃を受けたことでしょう。
そして、漆器屋さんの打撃も、相当なものだったに違いありません。漆器そっくりの、安価なプラスティックのお椀や重箱、お盆などが出回って、誰もが飛びついたからです。

なかでも、高級漆器である輪島塗は、大変だったと思われます。
というのも、輪島塗は、土台が木でできていることを隠すかのように、ひたすら生地を薄く挽き、木目を消して、漆をつるつるに塗って、その上に色絵を描いてきましたが、それをプラスティックで、ウソのように真似ることができたからです。


このお椀は、もちろん木の生地に本漆を塗ったものです。
模様は、子どもが無事に育つようにと願う、犬張り子と電電太鼓です。
犬張り子は、銀蒔絵です。


そして、電電太鼓は金蒔絵で描かれています。


輪島塗は分業です。
このお椀は、熟練した職人さんたちが何人もかかわって、つくりあげたもの、300円では切ない気がしました。


次にさわださんは、着せ替えを勧めます。
またか!
紙のものは、どうやって取っておいたらいいか、よくわかっていません。
「私、もう紙ものはいらないわ」
やんわりと、そんなことをつぶやいても、さわださんはお構いなしです。


「ほら、三枚つづりになっているでしょう。300円」


広げて見せてくれた絵は、表になっていた、お嫁に行くお姉さんより魅力的です。


「ほら、キューピーもついている」
私がキューピー好きなのを知っていて、さわださんはそこを押します。


というわけで、さわださんとの攻防の末、またものが増えました。
招き猫は、おまけにいただきました。







2017年7月17日月曜日

飾り棚の住人(四)


柱より右の飾り棚の一番左は、先日、まことさんにもらった豆雛を飾った棚です。
この棚に飾るには、お雛さまはちょっと背が足りないのですが、幅があるので、もっと小さなマス目の棚には飾れません。
ゆくゆくは、ほかのお雛さまと一緒に箱にしまって、節句のときだけ飾ろうと思っています。


土の一部にだけ釉薬をかけた、小さな動物たちはタイから来ました。
バンコクから国道一号線を北上すると、コーラート高原の手前で、北部に行く道と、東北に行く道に分かれます。
東北に道を取ってしばらく行くと、焼きものの窯元が、道の両側に立ち並ぶ地域に差し掛かります。
焼きものに適した土が採れるとみえて、そこでは、古くから、植木鉢、素焼きの鍋、ままごと道具など、素焼きの雑器が焼かれ、バンコクにも運ばれていました。
ところが、1990年代に入ったころから、だんだんおしゃれになり、釉薬がかかったものもつくるようになり、どの店も競って、庭に置く奇抜な像やおしゃれな傘立てなどを並べるようになりました。。

そのため、休憩がてらそこのお店をいろいろのぞいてみるのは、この道を行く人たちの楽しみの一つになったのです。


コーラートの動物たちとほぼ同じ大きさの、タイの、染付けのミニチュアです。
陶器の動物たちは、手びねりでつくられていて、中まで土が詰まっているのに対して、こちらは中が空洞、うさぎや雀は底に穴が開いていて、とても軽くできています。


生地をどろどろにして、型を回転させながら成形したのかもしれませんが、この小ささ、ありふれたお土産品とはいえ、よくできています。


ソープストーンの象は、どなたかにいただいたもの、インドのものでしょうか。


やはりインドの、石を轆轤で挽いた蓋物です。
とても脆く、すぐ欠けてしまうもの、もう一つ持っていましたが欠けてしまいました。
そんなに脆いのに、透けて見えるくらい薄く仕上げた、職人さんの腕には感心してしまいます。


右は、タイの蓋ものです


タイ中部のスコータイ近郊の、スワンカロークやシーサッチャナライでつくられた焼きものは、桃山時代から日本にももたらされ、スンコロ(宋胡録)焼きとして、茶人たちに珍重されました。
この蓋物は、日本では「柿」と愛されましたが、実際はマンゴスティンをかたどったものです。

骨董屋さんで見つけたのですが、古いものではなく、古そうにつくってあるものだと思います。

メナムギャラリー、東南アジアの古美術より

そして、こちらが本物です。
シーサッチャナライで16世紀につくられた、鉄絵果実形合子で、直径は5センチです。
スコータイの遺跡に行くと、発掘品として、たくさんのスンコロ焼きを売っていますが、ほとんどは偽物だと思います。


メキシコの、手びねり素焼きの鳥たち。


魚もいます。


木彫りの象と虎は、たぶんスリランカのものでしょう。
タイに住んでいた当時は、夫の知人たちが仕事柄、いろいろな国へと出かけたり、いろいろな国からやってきたりで、いろいろな方からいろいろなものをいただいたので、覚えきれていません。


虎は、虎というより猫に近いのですが、猫ではないと思います。


そして、インドの、プリント染め用の印判です。
これは、東京で見つけた、1970年代から、我が家にあったものです。