2017年8月22日火曜日

三人三様

先日K夫妻が、埼玉県から二年数か月ぶりに来ました。
これまではいつも親子三人連れでしたが、KTくんは次の日からクラブ活動で八ヶ岳に登るので準備があるとのこと、KTくんが生まれてからは初めての夫妻だけの来訪でした。
いつものように、Kさんが作業を手伝ってくれて、Fさんは週明けに試験があるので室内で勉強です。

Kさんが手伝ってくれ始めたのは、2004年、KTくんが生まれて数か月のころからでした。
多い年は毎月、最初のころはいつも泊りがけで来ていましたが、やがて、日帰りが定着しました。
というのは、私たちは日曜日はなんとしても休みたいし、KTくんが大きくなるにつれて学校があるので、日程調整が難しくなったからでした。

この数年は、Fさんの司法試験とKTくんの中学受験でKさんは大忙し、FさんもKTくんも無事合格したので、また来てくれたのでした。


Kさんは手慣れたもの、最少の説明でさっさとやってくれるので、私も夫もらくちんです。

私は、背骨を圧迫骨折してから、重いものが持てません。
夫は九月に泊りがけの客を大勢迎えるために、二階の展望室(というか、宴会室)の完成に全力を傾けています。この部屋で食事をするだけでなく、何人か寝させたいと思っているのです。
ということで、途中になっていたホールの東壁の梁を、Kさんにつくってもらいました。


夫は、展望室への踊り場をつくっています。
買った材料を使えばいいのに、それすら格安だったというのに、とうとう、もらったシラカシを、暴れていたのを、ねじ伏せてしまったようでした。
 

この、踊り場の両側に見えるのが、厚みが6センチ以上あるのに、一枚3000円だった材です。最初使ってみたシラカシは何とも暴れている上に幅が足りなかったので、やり直したものです。


さて、私は、展望室の窓が最も急がれているのですが、引き戸のレールや窓枠の木など材料がないので、
「そんなところはいつでもいい」
と言われながら、引き出しをつくっています。
金物を使わない引き出しをつくろうとしていたのですが、ガスコンロ、何枚もの鉄板、てんぷら鍋、ガスボンベ、お皿などなど、重いものをたくさん収納するので、重さに耐える引き出しでないとダメなそうで、仕方なく金物を使っています。
 

前に住んでいた家で棚にしていたラワン材が、引き出し材として再び役に立っています。
当時は熱帯林のことなど何も考えず、ホームセンターにふんだんに売っていたラワン材で棚をつくり、白いペンキを塗っていました。そして、こちらに移ってからも、解体して持ってきたものが、仮作業棟の中で棚として役立っていました。
四十数年も、風雪に耐えた材。


ペンキを落としたら、立派な材料として使うことができました。










2017年8月21日月曜日

コレハオモシロイ、か?

骨董市で、おもちゃ骨董のさわださんが近頃勧めるのは、断然「紙もの」の気がします。
昨日も、駄菓子屋さんで売る食玩の箱の、まだ組み立てていないもの(デッドストック)を勧めます。箱の裏にも、ゲームなどが印刷してあって、面白いと言えば面白い。だけど、何でもかでも面白がっていてはキリがありません。
「私は紙は要らないのよ。どうやって取っておいていいかわからないんだから」
と再三再四断っているのに、なんてことでしょう。

ビー玉、ベーゴマ、石けり、おはじきなどの細々したおもちゃ、ガラスペン、ボンナイフ、鉛筆などのちょっと昔の文房具、それにお土産こけしなどは、さわださんのお店の定番です。それ以外のものを勧めようとしたら、塗り絵、着せ替え、写し絵、かるたなどなど、わりと頻繁に入れ替わっている「紙もの」となるのかもしれません。


「じゃぁ、これどう?マッチじゃないよ。300円」


開けて見せてくれると、丸い紙に桜の花を印刷をしたものが入っていました。
「穴を開けて、糸を通して撚りかけてから引っ張って遊ぶんじゃないかなぁ」
と、さわださん。本当のところはわかりません。


さて、家に帰って、ビニール袋を開けて、マッチ箱のように引く箱を開けてみてびっくり、箱は紙ではなくて、ケースも引き出しも経木でできていました。
まだ、お腹いっぱい食べるの難しかったころ、誰かが内職仕事でつくったものに違いありません。

厚紙で箱をつくるより、経木でつくる方が簡単だと考えられていたのは、いつごろまででしょうか?
新幹線開業は、東京オリンピックの年、1964年ですが、そのころから、列車の窓は開かなくなり、駅で売られていたアイスクリームの容器は、経木ではなくて丸い紙のカップになったような気がします。


なにがオモシロイと言って、箱が経木でできていることが一番面白い、「コレハオモシロイ」でした。


もう一つ、勧められたのは、富山などからやって来たおじさんが、各家庭を回って置いた、置き薬のおまけの紙風船です。
「三枚入って、300円!」
「へぇ、高いんだなぁ」
「えっ高い?三枚も入っているんだよ」
「だって、ただのおまけじゃない」
と思ってしまった私と、
「.....」
絶句したさわださんでした。
「こうゆうものは、なかなか残っていないんだよ」
まっ、少々高めだけれど、おまけの紙風船は置き薬の箱の中に入れておくには、もってこいのものです。
 

早速、膨らましてみましたが、なかなかうまく膨らみません。
というのも、つくったときに糊が変なところにくっついてしまっているからです。


ちょっと目には一番つくりが汚かったので最後に膨らませてみたこの風船が、一番よく膨らみました。


女の子が風船で遊んでる絵が描かれているのですが残念、絵が角にきていて、よく見えません。


「要らない、要らない」
と言いながら、何の役にも立たないものが、また増えてしまいました。







2017年8月20日日曜日

開いた!

もう二年半も前に、おもちゃ骨董のさわださんから、ビンをまとめて買ったことがありました。


未開封のものも多く、どれも汚れていました。
暇を見つけて、一つ一つ、洗うと、せっかくのラベルがボロボロに取れてしまうものもあれば、きれいにはがれたので、再度貼りなおすことができたものもありました。


でも、この「香入無毒練白粉」のビンだけは、教えてもらった方法で何度やってみても開けることができず、さわださんに返そう返そうと思いながら、いつも持っていくのを忘れて、やっと返せたのが先月でした。
「開かなかった?今度までに開けてきてあげるよ」
「いい、いい返すよ。気にしないで、好きに使って」

先月、そんなやり取りがあったことをすっかり忘れてさわださんの店に行くと、得意そうにぬっと突き出した掌に握られていたのは、蓋が開いたあのビンでした。


「開いたの!」
「ガスであぶってから、細いドライバーをタオルに包んで、こきこきと上下に動かしたら、ぱかっと取れた。おれに不可能はないね」
と、得意そうでした。
「わぁ、ありがとう」
「首んとこの汚れがちょっと取れなかったけどね」
「そんなの気にしない」
蓋をおさめるために、ガラスをすったところに、汚れが染みついているのです。


いつもは、200円のものを100円にも負けてくれないさわださんですが、もちろん、
「手間賃が300円」
などとは言いませんでした。

 
さわださんは、いつもビンはきれいにして売っています。
蓋が硬いのも開けることができるなら、全部をきれいにして、単品で売ったら、絶対倍には売れたはずです。
その時は疲れて、きれいにする気力がなかったのかもしれません。


さて、コルクの蓋がなくなったもの、リボンやラベルがなくなったもの、いろいろですが、私はいろいろ残っているよりきれいな方が好き、久しぶりにすっきりしました。







2017年8月19日土曜日

竪機

『太陽の戦士』サトクリフ作、岩波少年文庫より

織り機は考えられた当初は、垂直の竪機(たてばた)だったと考えられています。
経糸(たていと)をぴんと張らないと、織りものは織れないのですが、経糸の下の錘(おもり)をさげれば、張ることができたからです。

竪機はやがて、経糸が錘なしでも張れるようになって、水平機となっていきますが、絨毯や段通(キリムなど)など、力を入れて緯糸(よこいと)を打ち込まなくてはならない織りものは、水平機から再度、竪機へとなっていったようです。

朝日新聞社『絨毯・シルクロードの華』より

これは、イランのザグロス山脈のあたりで遊牧生活を送る、カシュガイ人の水平機です。竪機になっていません。
織った絨毯の上に乗りながら織り進んでいきます。
織っている途中で次の場所へ移動するときには、織り機をいったん畳みます。織れた部分に乗って、均等ではない重さを経糸にかけたり、織り機を動かしたりしても、カシュガイの絨毯は歪んで織れることもなく、彼らは絨毯織りの名手と言われています。

朝日新聞社『絨毯・シルクロードの華』より

トルクの遊牧民ユリュック人の、夏営地に据えられた竪機です。
ユルックもカシュガイ同様水平機を使っていましたが、1960年代ごろから、竪機に変わっていったそうです。

朝日新聞社『絨毯・シルクロードの華』より

こちらは、トルコの街場の家庭の竪機です。
遊牧民とは違い、織り機をしつらえた部屋があるので、いちいち畳んだり持ち歩いたりしないで、織りあがるまで同じところで織ることができます。

Jon Thompsonの「Carpet Magic」より

1913年の、コーカサスの絨毯工房です。

経糸の上の掛けてあるのは下絵、あるいは見本を二つ折りにしたものでしょう。
具象的な模様では、下絵を経糸の下に置いて参考にしながら織り進みますが、抽象的な絵柄であれば、もう頭の中に入っているのかもしれません。


絨毯や段通(キリム)を織る場合、基本的に筬(おさ)は要りません。
模様を出しながら織るので、アンバランスに織り進むことがあります。というか、その方が普通です。
そのため、一段分全体を締める筬ではなくて、ほかの道具で締めます。


これが筬の代わりに緯糸を締める道具です。
この櫛のようなもので叩いてしめます。
素敵な道具で、うっとりします。 ちなみに、こんな道具がない場合は、ディナーフォークで代用できます。


そしてこのナイフやハサミで、経糸にループ状に巻きつけた緯糸を切ったり、短く切りそろえたりします。
(道具はいずれも、朝日新聞社『絨毯・シルクロードの華』より引用しました)


ループ状に巻きつけて、短く切りそろえたのは、アフガニスタンの絨毯。


そして、綴れ織りに織ってあるのは、パレスチナの遊牧民ベドウィンのキリムです。

アフガニスタンの絨毯は、経糸に麻糸を使っていますが、 ベドウィンのキリムの場合は、太い羊毛を使っています。
キリムは、アフガニスタンの絨毯よりずっと簡単に、早く織れたはずです。








2017年8月17日木曜日

織り機の原型

Mr. T's Country Lifeより

ネットでマリのドゴンの穀物蔵をさがしていたとき、織り機の写真に行き当たりました。
「手織り機」と検索しても、なかなかバラエティに富んでは出てこないのに、ひょっこりと出てきてくれると、嬉しくなってしまいます。

この写真では、織りあがった布が、巻き取り棒に巻き取られてなくて、下にたまっているので、巻き取り方法がどうなっているかわかりません。
西アフリカの織りものは、細い布を長く織ってつなぎ合わせて広い布にします。巻き取った部分が太くなりすぎて、お腹に当たって支障があるので、織れたら外して、こうやって別に巻き取っているのかもしれません。

『日々織々』より

西アフリカで、やはり細い布を織るガーナではどう巻き取るのだろうと探してみましたが、この写真はまだ織りはじめのようでした。巻き取った布はこれから、巻き取り棒の上でどんどん太くなっていくのか、あるいはドゴンのようにわきに置いていくのか、わかりません。

『日々織々』より

これは、上と同じ織り手を、織り機の反対側から見たところです。
綜絖(そうこう)は紐で足踏みペダルとつながっていて、経糸(たていと)の上げ下げを足で操作しているのがわかります。
ところで、最初の写真のドゴンの織り機は、置いてある籠が邪魔で、足踏みペダルがあるのかないのか、ちょっとわかりませんが、たぶんあるのでしょう。

ちなみに、アフリカではほとんどの地域で、織りものは男性の仕事です。
また、こうやって織りあがった手織り布を商うのも男性の仕事ですが、工場製品の布は、女性が商います。


これは、カスピ海の西に位置する、アゼルバイジャンの少数民族の織り機です。
織り進むにしたがって、筬(おさ、あるいは綜絖)を吊るした三脚を前へ前へと動かしていき、織りあがった布を巻き取らなくても、織り進むことができます。広い場所があればこその織り機です。
経糸の両端をどう止めているのかこの写真ではわかりませんが、杭でも打っているものと思います。
ところで、綜絖は織り機の要の一つですが、一体どうなっているのか、ちょっとわかりません。

後ろの写真の日干し煉瓦の建物から、織り手は移動民ではなく定住民と思われますが、夜は吊っている筬(あるいは綜絖)の紐をほどいて、 くるくると丸めて室内に取り込むものでしょう。


カスピ海を挟んで対岸に位置する、トルクメニスタンのおもちゃの織り機です。
かっわいい!なんて素敵なのでしょう。
これを見ると、経糸を前後にどう固定しているかがわかります。
(上の二枚の写真は、ずいぶん前に行き当たったもので、出典がわからなくなってしまいました。無断借用です。ごめんなさい)

『日々織々』より

アジアの地機(じばた)になると、日本もそうですが、腰に紐を巻いて、自分の重さで経糸を引っ張ります。
これは、東南アジアの山地に住むカレン人の織り機です。
一段ごとに綜絖(白く見えるもの)をかわりばんこに手で引っ張り上げて、経糸を一本置きに互い違いに高くしたり低くしたりして、その隙間に刀杼(とうじ)を寝かせて通します。その刀杼を立てると、経糸が十分開くので、そこに緯糸を巻いた杼を通して、織り進みます。この写真は、刀杼を立てているところです。
そして、筬はありませんが、刀杼を寝かせて、筬代わりにして、織った部分を締めます。

こうして見ると、経糸を互い違いに高くしたり低くしたりする綜絖があって、経糸さえピンと張ることができたら、織りものができることがわかります。







2017年8月16日水曜日

石の恵比寿さま


作業棟の屋根に乗せる、石の恵比寿さまです。
ずっと前に、みずやさんの店で出逢いました。


斜めの屋根に乗せるのだから、瓦屋さんに台を設置してもらわないと、乗せられません。
瓦に、切込みが入っているところの上に乗せる予定です。


瓦屋さんに、四月に会ったとき、ちょっと話したら、
「近いうち見に行きます」
と言っていたのに、あれからもう何か月も経ちました。
 

夫はなんとなく、これを屋根に乗せなくてもいいと思っているようです。
「部屋の中に、置いといてもいいしな」
もっと適したものがそのうち見つかると思っているのでしょうか?


それとも、以前一足違いで逃してしまった、阿吽の瓦が忘れられないのでしょうか?
その阿吽なら、「阿」を屋根の上に置き、「吽」をその屋根をくぐった奥に置くというのが面白いと思ったみたいでした。
 

これは、秋田の恵比寿さまだそうです。








2017年8月15日火曜日

未完成送別会

ひたちなかのNさんが転職して、九月から郡山に行ってしまいます。
そこで、忙しいNさんの都合に合わせて、八月十五日は送別会と、前々から決めていました。
ところが先週から、この日は雨の予報が出ていました。前後も雨、気圧の谷ができているとかで、晴れる確率はほとんどありません。
昼食なので、夫がてんぷらを揚げることにしていましたが、テラスが使えません。テラスにテントを張る手もあり、何度かやったことがありますが、テント設営にかなり力が要るし、激しい雨音を聞きながら、テントの下で食べるのが、だんだんワイルド過ぎると感じる年になっています。

室内でも、つくりながら食べるなら、居間のテーブルにもガスを引いてあり、てんぷらはお断りとしても、鉄板もあって、焼きものやお鍋ができるようになっています。
数日前に、
「脂の少なそうなものなら、家の中で、焼いてもいいよ。だったら、早めに材料を揃えないと」
と提案しても、夫は生返事でした。

昨日になって、夫は、
「作業棟の二階で、てんぷらするよ」
と宣言しました。部屋は未完成も未完成、窓ガラスが入っていないのは季節柄いいとして、まだ、床も張っていません。
「仮の床張って、仮のテーブルつくるから、大丈夫、何とかなるよ」

そこで昨日は、二人で突貫工事をしました。
仮の床でいいと言いますが、どうせなら手戻りがないようにと、まず断熱材を貼りました。その上に、畳の下地を張ります。
畳の下の合板は、以前、仮設ビニールハウスの床に使っていたものの再利用です。


突貫工事をはじめる前は、こんな感じでした。

 

床の断熱材は4センチ厚のスタイロフォーム、根太の間に嵌めていきます。


仮テーブルは夫がつくりました。テーブルクロスを掛ければ、十分使えます。


左側に出ているちょっとした台の上にてんぷら鍋を置きます。


さて、一夜明けて今朝になりました。
夫は朝早くから、なにやら作業していましたが、行ってみると、昨日はスタイロが見えていたテーブルの両脇にも、ちゃんと合板が張ってありました。


雨に濡れた緑がきれい、作業棟での初宴会でした。
 

そういえば、母屋でもまだ窓サッシも入ってない頃、しかも冬に、薪ストーブを焚いて、ストーブのオーブンでキッシュなど焼いたりして、友人夫婦と食事をしたことがありました。
いつもいつも、急く気持ちに作業が追いついていないということでしょうか。


部屋の入口に、のれんをさげたのは誰?

追記:


一枚、写真がありました。